「菜の花や月は東に日は西に」と詠んだのは江戸時代の俳人・与謝蕪村。
この句から思い浮かぶような広々とした菜の花畑は少なくなりましたが、菜の花は今でも春らしい花として親しまれています。
鮮やかな黄色は、春の日差しによく似合いますね。
菜の花のふるさと
「菜の花畑」といえば、日本的で懐かしい風景が思い浮かびますが、菜の花の原産地はヨーロッパから西アジア周辺とされています。
それが中国を経由して日本に伝わってきたようです。
伝来の時期については奈良時代や弥生時代など諸説ありますが、古くから食用・油用作物として利用されていたことは間違いありません。
「菜」とはおかずの意味を持つ言葉で、若い葉や茎、花芽が食べられていたことが名前にも表れています。
実際、現在でも「なばな(菜花)」は春を告げる野菜として親しまれ、やわらかい花茎やつぼみを食用にします。
長く親しまれてきたとはいえ、菜の花が大々的に栽培されるようになったのは江戸時代からだと言われています。
菜の花畑が増えた理由は食用だけではありません。
アブラナの種から搾る菜種油が、行灯や灯明の燃料として広く使われるようになったためです。
特に上方では菜種油の流通が盛んで、瀬戸内海沿岸でも多く栽培され、重要な商品作物となりました。
与謝蕪村が冒頭の句を詠んだのも上方・神戸の摩耶山だということです。
同じ土地で蕪村は「菜の花や摩耶を下れば日の暮るる」という句も作っています。
当時の人々にとって菜の花は日常の風景そのものだったのでしょう。
菜種油のゆくえは?
冬から春にかけて育つ菜の花は、稲作後の田んぼを活用する裏作として適していました。
さらに、油を搾った後に残る油かすは良質な肥料となり、農業の循環を支える存在でもありました。
しかし、明治以降に石油ランプや電灯が普及すると、灯り用油としての需要は減少し、日本国内の栽培面積は次第に縮小していきます。
国産品こそ希少になりましたが、実は現在でも食用油として菜種油は身近な存在です。
ご家庭のキッチンにキャノーラと書かれたサラダ油がありませんか?キャノーラとは、品種改良された菜種の一種。
キャノーラ油はいわば現代版の菜種油です。
世界的にはカナダや中国が主要な生産国となっています。
海外、とくにカナダの大平原に広がる菜の花畑は、日本の里山とは規模がまったく異なり、黄色の海のような景観を見ることができるそうです。
目で楽しむ菜の花
農作物としての菜種栽培は減少した一方で、菜の花は近年、観光資源としても活用されています。
全国各地に「菜の花の名所」が生まれ、地域の人々によって守られています。
当社からも近い福山市田尻町には、約30万本の菜の花畑が広がっています。
瀬戸内海を望む高台に咲く花畑は、地域住民の手によって長年維持されてきた春の風物詩です。
青い海と菜の花の黄色が織りなす景色は、多くの来訪者を楽しませています。
かつて生活を支えた作物が、いまは人々の心を和ませる風景として新しい役割を担っているのですね。
あれもこれも「菜の花」
実は、菜の花は特定の一種類の植物を指す言葉ではありません。
農林水産省によると、「菜の花」とはアブラナ科アブラナ属の植物の花の総称であり、アブラナだけを指すものではありません。
からし菜や小松菜、広島菜などの黄色い花も「菜の花」ですし、キャベツや白菜も収穫せずに育て続けると、春にはやはり黄色い花を咲かせます。
スーパーや八百屋に並ぶ「菜の花」の中にも、さまざまな野菜があります。
かき菜やアスパラ菜、チンゲンサイの花芽などもその仲間で、おいしいだけでなく、栄養価が高いのも魅力です。
さらに広く見れば、ブロッコリーも同じアブラナ科。
私たちが食べている部分は開花前のつぼみですから、これも菜の花の一種ですね。
菜の花のパワー
寒さの残る季節に、いち早く咲き始める菜の花。
その明るい色は、長い冬を越えた人々に春の訪れを知らせてきました。
かつては灯りをともす油となり、畑を肥やし、人々の食卓を支えた植物。
そして今は、景色として、食材として私たちの暮らしの中に根付いています。
鮮やかな黄色は元気を与えてくれるパワフルな色です。
何かと忙しい年度末ですが、菜の花を見て、食べて、春のパワーを養いましょう。

